4月29日 国民年金
民主党の管直人代表さえも国民年金を払っていなかった時期があった。これだけ多くの国会議員が未加入期間があったとなると、モラルの問題というより制度上の欠陥と思えてくる。現在では国民年金と厚生年金とは自動的に切換手続きが行われるようだが国民年金は納付をしないと未加入になってしまう。年金の納付が行われなかった場合のお知らせの方法がうまくないのだと思う。年金が未納の場合、電話などでの連絡もする必要があるのではないかと思われる。未払いがあった国会議員全員に支払う意志がなかったとは思えない。これを機会に国民年金の未納付対策を再検討するべきだろう。2年以上前の納付ができないというのも実情にそぐわない規約のように思う。年金は老後の救済なのだから納付のできる人には救済の機会を最大限に与えるべきである。
4月27日 自己責任
イラクで人質となった3人に対して230万円あまりが請求されているという。とんでもない事である。人質となった家族はチャーター機を依頼したわけでもなく勝手に政府がチャーターして請求するとは頭がおかしくなったとしか思えない。3人はまったく払う必要など無い。政府には例えどんな事情があろうとも日本人を守るという義務があるわけでそれに従って救出の行動をしているに過ぎない。チャーターするのがいやなら自衛隊の飛行機で輸送すれば良かったのだ。何の為に自衛隊があるのか。日本人の生命、財産を守る為に自衛隊があるのに自衛隊が何もしてないのは自衛隊は税金の無駄使いだ。政府が無駄に税金を使っていながら税金を納めている国民に費用を請求するなんて納得できない。これが前例となっては日本もおしまいだ。政府が政府でなくなり、政府は国民のサービスをする利益追求企業になってしまう。費用を請求するなら誘拐をしたイラク人に請求するのが妥当だ。3人が取るべき自己責任は自分自身の命をかけているという事自体が自己責任なのだと思う。誰にも頼らず自分の責任でイラク人の立場になって活動をするというなかなか誰にも出来ない活動をしているのである。彼らが無事に帰ってきた事でイラク人も彼らの活動を認めている事が証明された。確かに彼らは日本政府に助けられたかもしれないが、彼らが無事に開放された第一の理由は彼らの活動内容にあり、政府はそれをサポートしたに過ぎない。この事は自衛隊の安全が彼らの活動によって向上したであろう事は想像に難くない。彼らの行動によって自衛隊はイラク人の最も憎むべき対象からは外されたと思われる。ある意味、今後の自衛隊の安全は彼らによって高まったのであるから、彼ら3人に自衛隊は助けられているのである。助けられているのは自衛隊だけだろうか。将来、もしあなたが観光などでイラクにいって何らかのトラブルになった時に、もしかしたらあなたが日本人という事で助けられるという事は十分に考えられる。今、なにかと騒いでいる国会議員氏だってイラクでそういう事になる可能性は十分にある。そうなったら彼ら3人が国会議員を助けたという事になるのだ。その時は国会議員氏は自分の命にいったいいくらの値をつけるのだろうか。3人にお礼としてその金額を支払うのだろうか。3人は今、精神的なストレスによって苦しめられているという。早く健康を取り戻して元気になってくれればいいのだが。
4月26日 国民年金
国民年金を納めていない人が4割もいるそうで国民年金が危ないなどという報道がされていると思ったら、国会議員にも3人も未納の人がいたとかでずいぶんともめている。年金を払わない人には2タイプあるようで、十分な所得があるので、将来の年金をあてにする必要が無い人と払いたくても所得が無い人がいるようです。資産のある人は払いたくない気持ちはわかるが、税金と思って社会に貢献する気持ちにはなれないのだろうか。現在は資産があっても将来、一文無しになる事だってあるのだからまさに保険として支払って欲しいものだ。一方、現在、所得の低い人はぜひとも払う必要があるように思う。現在でも生活が苦しいのだから老後はいっそう苦しくなる事は目に見えている。そういう人にこそ年金は最も必要なものだろう。将来、年金がもらえなくなれば、結局は生活保護という形になって、国の予算は火の車になる。そうは言っても所得が少ない中での¥13,000程度は高額なので払えない気持ちはわかる。やはり、消費税を5%くらい上げて国民年金は税金で補うのがいいのではないかと思う。そうすれば、強制的に支払う事になるので将来も安心である。国民年金は未納が2年以上前は納められないというが、現実的に忘れていた為に未納となってしまったのであれば、適当な利子なども含め、納められるようにした方が得策である。
4月16日 日本人3人開放
昨夜、テレビを見ていたら、9時ちょっと前にテロップが流れた。イラクで人質解放。9時のNHKニュースではやがて3人の元気な姿が放映された。やっと開放されたようだ。また2人がつかまったようなので手放しでは喜べないが3人が開放されたという事は2人にも期待が持てる。今日の夜のニュースでも同じ映像が繰り返し流れた。
高遠菜穂子さんがまたイラクに来て活動を続けたいと言った事に対し、小泉首相や福田官房長官、公明党の国会議員までもが大勢の迷惑だから控えた方がいいなんて発言。なんて事を言うんだ。今回の件で高遠さんはイラク人から見てとても好感を持たれたと思う。これはある意味、日本にとってはとても幸運だ。自衛隊はイラク人にとっては敵視されていて日本人への印象を悪くしているが高遠さんの活動はそれを上回って好印象にしている。むしろ自衛隊は引き上げて日本政府が高遠さんの活動と安全をサポートしたほうがイラク人には受け入れられる活動だ。結局、自衛隊の活動はイラクの望まない押し付けの援助になってしまっている。高遠さんの今後の発言は必ずイラクとの友好に役立つ可能性が高い。しかも高遠さんの活動は自衛隊の費用より格段に安く済む。イラク人に受け入れられるという事は単に人気取りだけでなく、もし、アメリカとイラクが衝突して切羽詰った時の交渉などにも発言できる余地が出てくる。これはアメリカにとっても有用なはずである。高遠さんをだしに使うつもりはないが自衛隊がいくら援助といっても喜ばれない活動よりは、喜ばれてイラク人とのパイプになれればその方が得策なのは明らか。日本人は政治にも鈍いし、アピールも下手という見本のような発言だ。
ついでにもう少し希望を言うと日本政府は何もサポートしないようなそぶりの方が得策である。高遠さんが政府のサポートを受けているとなれば高遠さんへの印象はだいぶ違ったものになり効果は半減するかまったく効果が無くなってしまう。あくまでも民間の援助という事にしておかなければならない。高遠さんが今度、イラクへ行く時はそっと外務省の人間が何かあったら日本大使館に連絡をくださいと言うくらいでいいのだ。高遠さんは100%安全とは言えないかもしれないが戦闘の激しい地域などで活動しない限りはイラクではかなり安全な存在だろうと思われる。
もう1つ付け加えれば、高遠さんの活動の波及効果はイラクだけには留まらない。もし、北朝鮮がこれを見たらどう思うだろうか。日本には2面性がある事を実感し、もし仮に北朝鮮とアメリカが戦争になって北朝鮮が敗れたとしても北朝鮮の国民は生き残れるという事を想像するだろう。北朝鮮はイラクとは異なり統制が取れているので、もし北朝鮮という国がなくなっても混乱には陥らずに北朝鮮が早期に経済が発展する事は考えうる事である。イラクでの3人の人質の開放についても日本政府の呼びかけではなく日本でのデモを見て開放に大きく傾いたようだとしている。日本が2面性をもっている事が良い方向に事態を導いたと言えるのではないだろうか。
4月15日 イタリア人殺害
イラクで誘拐された4人のイタリア人のうちの1人が殺害された。そして今日、新たに2人の日本人が誘拐された。誘拐されたフランス人は開放されたという。イラクに派兵したかどうかが殺されるか開放されるかの分かれ目になっている。自衛隊の意図がイラク人に伝わっていないのは残念である。開放されたフランス人の話では日本人が開放されるかとの問いにイラク人はノーと答えたという。日本人の命だけを心配するのは利己的かもしれないが、日本人には無事に帰ってきて欲しいと思う。以前、’95年あたりだったかアメリカへ行った時に、空港でイラクの子供達への日本政府からイラクの子供達への援助要請の署名を求められた事があったが、私はイラクのクウェートへの侵攻を思い出して断った事があった。罪の無いイラクの子供達への援助という事で気持ちは揺らいだが結局、署名は出来なかった。その時、もしかしたら彼はイラク人だったかもしれない。彼は私の拒否の姿勢に非常に怒って抗議したが強制的に署名させられるような気がしてよけいに署名しようという気が失せた。普段、私自身は情にもろい方なので寄付にはどちらかというと繰り返ししてしまう傾向にあったが、中には寄付をアルバイトを雇ってしているなどという報道もあってから以降は寄付金の使い道に疑問を持つようになり、街頭での寄付は基本的には避けるようになっていた。今回の高遠さんの活動を見て無事に開放されてイラクへの活動を再開するような事があれば1回は寄付をしたいと思うようになっていた。しかし、もし、今回、日本人の人質が殺されるような事態になれば個人的にイラクへの献金をしたいとは思わないし、日本政府がイラクへの多額の援助をしようとすれば反対し、援助額を2分の1か3分の1に減額されるように望む事になるだろう。残念ながらそれは私自身の偽らざる気持ちである。
4月13日 イラク人質事件
イラクで日本人の誘拐事件が発生した後、24時間以内に開放されるとの報道がされたが未だに開放されたというニュースがなく、家族の方は不安な毎日を過ごされていると思う。事件の発生以後、家族には非難や中傷の電話やメールが多いという。内容はよくわからないが家族の沈んだ気持ちに追い討ちをかけるような言葉は慎みたい。家族としては一時的にでも自衛隊に撤退してもらって開放してもらうという提案も十分に理解できる。しかし、自衛隊が撤退するとそれはあまりに波及効果が大きい。誘拐によって自衛隊が撤退したという事実はますます誘拐を助長させる事になる。今後、イラクに政権が発足してからも誘拐によって事を解決しようという動きが出てしまい、イラクは収拾のつかない政情になってしまうかもしれない。今、イラクで誘拐をしたとされるファルージャの勢力が米軍を撤退させる事ができたとしたらどうなるのだろうか。武力で勝ち取った政権は武力で運営され、今よりももっと悲惨な現実になるのではないだろうかという事は容易に想像できる。
よくベトナムの例を出してゲリラ戦になればアメリカの撤退もありうるとする見方もあるがベトナムでは密林がベトナムを守った。しかし、イラクにはそのような自然の要塞が無い。イラクにはアメリカの攻撃を緩和できるような障害は砂嵐くらいのものだ。アメリカがイラクから撤退するとすればアメリカ人の死者が増えて撤退せざるを得なくなった場合か、ブッシュ政権に変わるアメリカ軍の撤退を支持する政権が誕生した時だろう。もし、アメリカ軍がイラクから撤退したら外から見れば平穏に見えても今のファルージャよりももっと悲惨な現実があるのではないだろうか。今のイラクはまさに戦国時代。力の強いものだけが生き残れるという論理を実践している国なのである。そこには人道とか倫理といったものは片隅に追いやられてしまう世界なのである。
アメリカを追い出したベトナムはその後、どうなったのか。詳しくは知らないが、共産主義となったベトナムはその後、ドイモイと言われる経済改革で資本主義の方向へ転換しつつあるように思える。結局、共産主義を目指していたベトナムも資本主義に歩み寄らなければならなかった事を考えればベトナムがアメリカの占領国となってもその後、長い年月のうちには結局どちらでも同じような社会になっていたかもしれないと考える。それは何故かといえばアメリカは占領国を植民地にはしないからだろう。もしそうだとすればベトナムで失われた命は何だったのだろうか。
現在のイラクの情況は4人のアメリカ人が殺害された事に端を発しているように思われる。しかし、4人の命を無駄にしない為にそれよりも多くのアメリカ人の命が失われ、さらにその十倍ものイラク人の命が失われている事を考えれば、アメリカは対応を誤ったと思う他はない。4人のアメリカ人が殺害された事を処理するのは本来、イラク警察であろう。しかし、イラク警察にその力がなかったのかアメリカ軍が強行な対応をした。イラク軍は今回のファルージャへのアメリカ軍からの出動要請を拒否したという。完全にアメリカ対イラク人という対立になってしまっている。アメリカの正義は戦国時代のイラクにとっては、やはり空振りになってしまう。今のファルージャを被害を最小限に収めるには兵糧攻めしかないだろう。ファルージャはいずれ食料がつきるだろうからそれを待てばお互いに人命を失わずに済む。
日本人はどちらかというと実利を取る考え方にあり、将来を見据えて現在の問題を処理しようとする。第2次大戦では総力戦を叫びながら結局は自滅を避けて降伏した。それは何故かと言えば、勝てない事がわかった時にそれを捨てて将来を残したのである。アメリカ人はいまだかつて戦争に大敗した事がなく正義感に燃えている。全体の論理としては間違ってはいないように思われる。イラク人はどうか。自衛隊のイラクでの駐屯地の借り上げ問題にしてもその場限りの損得に終始する国民のように思える。日本には損して得取れという言葉がある。日本人が駐屯地を貸すとなったら妥当な額で決着し、友好な関係を通じて、その後の長い取引からさらに利益を得ようとするだろう。しかし、イラク人にはそういう考え方が無いようだ。これではビジネスでも成功はしないだろう。イラクの政権が出来ても経済的にはあまり復活しそうもない。未来のイラクは暗い。将来、イラクが経済的に恵まれないとイラクの社会秩序は安定しない。現在のイラクには援助は援助であって援助はもらい得の景品のように扱われていると思う。今の援助は将来のイラクの自立にはつながらない。そう断言していいものかどうかはわからないが、イラク人と日本人の考え方の違いからはそう思えてくる。ではイラク人はそこから抜け出せないのだろうか。私はそうは思わない。共産主義が一部、資本主義を取り入れているのは資本主義が経済効率がいいシステムであって、経済の発展を目指せばおのずと資本主義に近い形が模索される。私自身、少ない経験ながらも海外の人たちと交流すると文化は違っても底の部分では日本人と変わらないという印象が強い。何故に国によって考え方の差があるかと言えば、生まれ育った環境に若干の違いがある為に少しの違いがあるだけのように思われる。イラク人だって日本で子供の頃から日本で育てば日本人に近い考え方をするようになるだろうと思われる。但し、イラク人に日本人と同じ考え方をするように勧めているわけではない。共産主義が資本主義に傾斜して同じ社会を目指しているかのように見えるように、成熟した人間もまた国の枠を超えて一定の考え方に帰結するように思う。今のイラクには援助も必要だが教育もまた同様に重要な条件だろうと思われる。フセイン政権時代にはイラクの女性は教育を禁止されていたという事からも今のイラクの現状は想像できるのである。
4月11日 コウモリ
夕方、散歩していたらコウモリが飛んでいた。4月にコウモリが飛んでいるのを見たのは初めてのような気がする。こんな時期にエサとなる虫は飛んでいないだろう。コウモリが飛んでいるのをよく見かけるのは6月くらいのように思う。気がつくと近くの草むらでギーという虫の声が鳴り響いていた。やはりいつもの年より暖かいのか。近くの広告の照明を見たらなんと小さい虫と蛾が飛んでいた。もうすぐ夏になりそうな勢いである。
4月9日 イラク
イラクで3人が人質になってから何も進展が無いまま1日が過ぎた。イラクに貢献しようとした3人は無駄に死んでしまうのだろうか。イラクの人が自衛隊の撤退を本当に望んでいるのか、イラクに行った事もないのでよくわからない。しかし、政権を委譲しようとしている今、アメリカ人とイラク人が血を流しても無駄に思える。しかし、このままアメリカがイラクから撤退したらイラクはさらに混乱してしまうように思われる。
イラクではジハード(聖戦)といって戦うがイスラム教はそれを認めているのだろうか。イスラム教には「目には目を」という報復をよしとするところがある。キリスト教にはかつては十字軍のような事もあったが現在ではそういった事を宗教活動として認めてはいない。日本でも宗教とは言えないかもしれないが天皇を中心とした戦争が繰り広げられた。時に宗教は殺人を正当化する手段になっている。現在のイスラム教がジハードを認めているのならイスラム教はテロ宗教として国連などで禁止する必要があるのではないだろうか。ジハードという宗教手段によって報復の殺人が広がりをみせている。ジハードが真のイスラム教でないならもっと積極的にジハードの禁止を訴えかける必要がある。
現在のような情況では政権が委譲されても武装勢力に乗っ取られてしまう可能性は否定できない。武装勢力を押さえ込むにはアメリカ以外のイラク国民の納得のできる政権がイラクには必要なように思われる。イスラムの国々が当面、共同でイラクの国を管理するという事はできないだろうか。そうすればイラクの武装勢力も多少はおさまりをみせるかもしれない。しかし、イスラムの国はそういった要求に十分にこたえられるのか不安な面もある。自衛隊の土地の借り上げの件のようにイスラム教の考え方にはどうも理解不能な面がある。
今回の人質の件でも、もし人質が殺されてしまえば、イラクに行こうという民間援助ボランティアは3年くらいは停止せざるを得なくなるだろう。そうすればイラクはますます苦しい情況が長引く事になる。アメリカや日本がイラクから出て行けばイラクの問題が改善の方向に進むようには思えない。何故、民間の日本人を殺そうとするのかイスラムの考え方は理解に苦しむ。
今回の事件の報道で直前に各国のボランティアが人質になっているという報道がされたが、この事件の報道以前にはそんなニュースは聞いた事がない。そういったニュースをイラクに向かった3人が聞いていたかどうかはわからないが、そういったニュースを報道していれば3人はイラクに行く事をためらった可能性もある。日本のマスメディアには報道するべき事をきちんと客観的に報道するという姿勢が欠如した欠陥ニュース番組が多い。視聴率ばかりを気にして、どこの番組でも同じ内容を繰り返し流すばかりの安上がりの番組制作で、報道という社会使命を担ってくれるメディアが日本に無いという事は悲しい現実である。
4月8日 イラクで日本人3人が人質になる
本日、夜、7時頃にイラクで日本人3人が自衛隊の3日以内の撤退を求めて拘束されたとのニュースが流れた。このところイラクではアメリカなど外国人に対し
て攻撃が激化していた。イラクでは近く政権の委譲が行われるのに何故、武力で攻撃する必要があるのか意味不明だ。武力を行使するという事はイラクを武力で
治めようという事の表れでこれには賛成できない。武力でイラクを制覇しようとする勢力を排除しなければイラクには自由はおとずれない。日本人の3人のうち
の一人は女性でイラクで子供達に食料や衣服などを援助する活動をしているという。そんな女性をイラク人は殺そうというのか。そうであればイラク人は畜生にも劣る人
間だ。
4月7日 靖国神社参拝は違憲?
福岡地裁で小泉首相の靖国神社参拝が違憲との判決が下された。しかし、訴訟では賠償請求は棄却された。今まで、違憲という判決を下した事はなく初めての違
憲判決である。
私が考えるには靖国神社参拝が宗教活動と言えるのかはとても疑問である。確かに靖国神社は宗教としての場所ではある。しかし、首相といえども人間であるか
ら何かにつけ宗教的な儀式に参列するのはむしろ自然ではないだろうか。例えば国葬はどうだろう。葬儀は宗教行事であるから何らかの宗教の形を取らざるを得
ない。もし、国葬になる人がキリスト教だったら仏教式の国葬は喜ばないかもしれないから、ある程度はキリスト教形式になるかもしれない。葬儀がどういう形
になるにしても葬儀に参列したら違憲なのだろうか。天皇崩御だって宗教儀式なので参列したら違憲だ。ついでに葬儀に参列している各国の首脳も違憲ですね。
国会議員の中には宗教団体とつながりの深い人は多くいるようである。宗教団体から献金を受けている人もいるでしょう。そうした国会議員が宗教団体の集まり
で演説したら違憲なのでしょうか。宗教団体が献金すると献金の名簿に宗教団体の名前が載るとある意味、それはその宗教団体の宣伝にもなるわけで宗教活動と
言えなくもないのではないでしょうか。広島の原爆の犠牲者の慰霊碑に参拝したら違憲? おおよそそういった類の活動を宗教活動というには無理があるように
思われます。憲法で禁止している宗教活動とは宗教の布教や宣伝、強要というのを禁止という意味なのではないでしょうか。
小泉首相が靖国神社参拝をする必要があるのでしょうか。私が思うには首相が靖国神社参拝をする必要はないように思います。私は戦争を知りません。学校で黙
祷と言われれば戦争の犠牲になった人に哀悼の意を表して黙祷をします。しかし、それだけです。自分から積極的に参拝するような事は無いでしょう。でもそれ
は私だからだと思うのです。小泉首相が戦争を体験したかどうかは知りませんが年齢が上の人ほど、戦争の傷跡は色濃く残るだろうと思います。周囲の人から戦
争についての生々しい話を聞いたり、実際に家族が犠牲になったりしていれば、そういった感銘は深くなり、自分から哀悼の意を表したいと考えるのは当然で
す。毎年、家族の墓参りをするように首相が靖国神社参拝をしても不思議はないでしょう。しかし、時代と共にそれらは自然に風化していくように思います。た
ぶん、10年後には靖国神社参拝をしたいと思う人はかなり少なくなると思います。しかし、政治の世界では世代の縦のつながりが強いように思われるので社会
一般より、靖国神社参拝をしたいと思う議員はもう少し長く継続するかもしれない。
4月6日 報道ステーション
先々週からニュースステーションが終了し、その後、どうなるのかと思っていたら、今週になって報道ステーションという番組になって古舘伊知郎がニュース
キャスターとなっていた。ニュースステーションが始まった頃は久米宏の冷たそうな司会ぶりだったが、NHKの7時のニュースを見れない私にとっては遅い時
間帯とあって、とても貴重なニュースソースだったように思う。その後、だんだんと久米宏の態度はくずれて最近は親しみ易くなったという言い方はあるかもし
れないが、ひとりよがりの司会気味で共感を得ない人間にとっては、ややニュースの司会としてはふさわしくないように思うこのごろであった。今週になって古
舘伊知郎の顔を見るとF1のアナウンサーの時の喋り過ぎでうんざりした印象が強かったので嫌気がしたが、しばらく見ているとまあそれほどでもなく、最後の
ニュースステーションのややくずれた久米宏の司会ぶりをそのまま引き継いだという印象が強く、現在のところそれほどの嫌悪感はない。ニュースステーション
が発足(ほっそく)した当時はニュースの時間が多かったように思うが、最後の方ではニュースは最初の15分程度で後は娯楽番組のようになってしまった。現
在は毎日、ニュースを見る必要はあまりなく日曜日に豊富にあるニュース番組を見れば大体事足りるようにも思うのでニュースステーションのニュースとしての
役割はあまりなくなったのかもしれない。報道ステーションになってメンバーも一新したが今後の運営はどういう方向に向かうのだろうか。報道という名前がつ
いた事からすれば報道に重きをおく番組を目指しているように思われるが現在のところニュースとしての時間はニュースステーションの時間配分をそのまま引き
継いだようでそれほど多くない。報道をしてどれだけ視聴率を取れるかという民営としての制約もあるが、内容が充実していれば、見る人も多いはずである。
ニュースステーションは発足当初はニュース番組として発足したが次第に久米宏の人気度で番組を運営していたように思う。今回、新しくなった番組に古舘伊知
郎を起用したという事は古舘伊知郎の人気で番組を構成していくという方針のように思え、報道という名前はついているがどちらかというと古舘伊知郎報道娯楽
ニュースという名前がふさわしいように思われる。報道ステーションが報道に重きをおくならばニュースキャスターに多額のギャラを支払うよりは、番組製作費
により多くのお金を使うべきではないだろうか。無名の司会者でも内容の充実した報道ステーションに期待するのは私だけではないだろう。
4月3日 不招請勧誘
こちらから要請しないのに相手からの電話や訪問で勧誘を受けて、契約や販売をする事を不招請勧誘(ふしょうせいかんゆう)という。各種の勧誘で契約などを
した結果、金銭被害を受ける場合がある為に問題になっている。今、最も問題になっているのは外国為替信用取引きという。かつては消火器などの訪問販売で問
題になったが今はそういったのは少なく、契約という形をとるらしい。外国為替信用取引は円安や円高といった動きを利用して高額の利益を得ようとするものだ
が、元手よりも大きな損失になる場合があり、金融の自由化によって取り締まる法律が無い為に問題になっている。自由化とは自己責任の拡大という事になる。
外国では不招請勧誘を禁止したりする国もあるという。現在では電話での勧誘が中心のようだがメールでも可能だ。日本でも被害が多いという事は何らかの対策
を講じる必要がありそうである。業者の利益を考慮するよりも、被害者の立場に立った有効な法律作成が望まれる。
4月1日 テコンドー
テコンドーで前回のオリンピックの銅メダルの岡本さんが協会の分裂で出場が危ういそうである。協会の分裂の為にオリンピック出場が出来ないとは何か
理不尽である。もし、悪意があれば勝手に協会を作って分裂状態にすればどんな競技でも出場妨害できる。誰がどういう基準で協会と認めるのか、それが問題
だ。1人でも協会という事になれば1人で勝手に協会を作ってオリンピック出場を妨害できる。そうなると、オリンピックに出場できないとなれば困る人が出来
るからなんとかしようとする。すると、分裂状態にした協会に対してお金を支払って解決するという事が現実になりうる。そうなるとオリンピックをめぐってゆ
すりが可能になるわけである。1つの競技に1つの協会しか認めないという規約は場合によってはゆすりを誘発する規約で問題のある規約ではないかと思う。
ある意味、協会などに何らかの権限を持たせる事はそういったお金をめぐるトラブルになりかねない。しかし、オリンピックの出場の選手を決めるにはどこかに
権限を持たせるしかないというのも事実だ。先日、女子マラソンの高橋選手のような問題だって、今後、お金で解決しようとする動きが出ても不思議ではない。
ある意味オリンピックを統括するJOCでさえそういった問題をはらんでいる。
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