トムラウシ山 2141m

鹿の湯を終えて、清水町へ戻り明日の登山の食料調達です。清水町には24H営業のコンビニやスーパーがあります。(ガソリンも補給出来ます)スーパーは鹿追町からR274を清水町の交差点をまっすぐ行くとあります。鹿追町にも夜8時まで営業のスーパーがありました。

トムラウシ山は長丁場になるので、荷物は思い切り少なくしました。(ヤッケ上下、食料、予備食、水筒1l、地図、懐中電灯、ビデオカメラとバッテリー2個、カメラとフィルム、バンドエイド、タオル、簡易三脚、コンパス、軍手)(後から考えると非常用に雨具を持って行くべきだった)荷物を少なくしたのは、小さい液晶テレビで明日、雨が降りそうも無いという事の情報のおかげでもある。ラジオでも天気予報を放送するがテレビの方がより詳しい情報が得られるので、登山の前日には必ず出来るだけ夜に見るようにしているが、トムラウシ山のふもとでは電波が弱く写らないので、仕方なく清水町まで来るしか無いのはちょっと悔しい。もっともトムラウシ山のふもとではラジオも聞けない(車のラジオのスキャンにかからなかった)。清水町からトムラウシ山の登山口まではかなりの距離があるので夜の内にトムラウシ村まで移動。登山口まで行かなかったのは、慣れない悪路を夜に走ってトラブルになるのを避ける為と、山の中で一人でぽつんといると、熊や悪い人達の被害に遭わない為です。でも登山口には前日から人はいたようですが。夜8時40分には寝る。寂しい所の筈なのに、深夜でもぽつりぽつりと車が猛スピードで走るのが聞こえる。きっとトムラウシへ行くのだと思った。熟睡はしていない。2時過ぎに起きだして準備をして国民宿舎大雪山荘へ向かう。大雪山荘までは道幅は広い。駐車場では朝食のインスタントラーメンを作って食べている人たちがいた。ここでトイレに寄って歯を磨く。さて、出発。大雪山荘まで行って左折して橋を渡ろうとしたが、どうも変だ。道が無いみたい。車から降りて橋を渡ってみるがやはり道が無い。駐車場の方を振り返ると右手の奥の方へ行く車があった。あっちか。実は大雪山荘の駐車場へ行かないで真っ直ぐに行くと、短縮登山口の方へ行くのだった。戻って右折してそちらへ向かう。その先はまた2又になっていた。どっちに行くんだろう、そこにあるカンバンの地図を見る。どうやら右折のようだ。後は道なりに行けばいいが、しばらく行くと、また2又の道があるがここは左折する。短縮登山口までの道は途中から狭いが短縮登山口の駐車場は広い。人気の場所なのだろう。但し舗装はされてない。テントを張っている人もいた。短縮登山口にはトイレ、水道は無い。

‘99年7月20日

4:03登山開始(短縮登山口)。道はぐちゃぐちゃで、よけて通ろうとするが笹が邪魔をしてぬかるみに落ちそうになる。これは沢に入るまで続いた。途中、リスがお出迎えしてくれた。がんばらなくっちゃ。

5:25小川の水で顔を洗う。

5:53コマドリ沢に入る。13分休憩。沢はそれまでと違って涼しい風が吹く。沢にはかなり残雪があり上に行くに従って雪の上を歩くようになったが、傾斜は少なくかえって歩きやすい。

6:49沢を抜け長い雪渓に入った。急だが滑って転ぶほどでは無い。

7:02雪渓が終わりこれからは大きい岩の上を歩く。5分休憩。

7:46たぶん前トム平を過ぎた岩場。風が涼しい。5分休憩。

7:57パンを食べる。10分休憩。

9:04ここの間は少し下り水場があり、とても景観がいい。お花畑を過ぎてキャンプ地のちょっと手前。5分休憩。

9:43頂上。頂上は混んでいた。向こうから縦走してくる人もかなりいる。さすがに子どもはいない。40代以上の人がほとんど。女性も多い。若いのは学生さんだけだ。回りの山々はあいにく雲が多いので、時折、雲が少なくなるのを待って回りを眺める。山頂には霧は無くいい天気だ。

トムラウシ山の頂上より少し下あたりのすばらしい景観の、たとえいくらかでも写っていたら特大の写真を掲載したい所ですが、そのどれもが脳裏に焼き付けられたすばらしさを私に思い起こさせる物であっても、みなさんがそれを見て感動する事は出来ないので、頂上から見た回りの山々をお見せする事にしました。

トムラウシ山は宮ノ浦岳と同様に、すばらしさAグレードの山です。

10:29 下山開始。16:44キャンプ地。(分岐)11:47 前トム平。

12:11 雪渓始まり。登りはそれほどでもなかったが、下りは滑りやすい。スキーのようにして滑ってみたが疲れるので、大き目のコンビニの袋を出して尻の下に敷いて滑ってみたら、らくちん。でも傾斜がゆるいと滑らなくなる、これで行けるのは1/5位か。でも傾斜のゆるい所は歩いても滑らないので苦労はない。これで後ろの人が見えなくなった。でも尻がちょっと濡れるのが欠点か、でも天気がいいので冷たくなく、直ぐに乾いた。

12:22 コマドリ沢に入る。12:53 パンを食べる。10分休憩。13:11 コマドリ沢の終わり。

14:56 駐車場着。


2002年7月13日 大雪山系トムラウシ山で悪天候で動けなくなり死亡したそれぞれ1人を搬送した。また、悪天候で山小屋で動けなくなった4人を救助した。日本各地に被害をもたらした雨台風6号の影響か?旭川の7月の平均気温は約20℃。大雪山では10℃前後と推定するが夜間など天候によっては0℃近くになると思われる。本州の夏山と同じ装備では山で1夜を過ごす事になると死の危険があると考えられる。1人は4人のパーティーで2泊3日の日程で転倒して動けなくなっていた(59歳女性)。もう1人は8人のパーティーで衰弱して動けなくなっていた(58歳女性)。天候にはくれぐれも御注意を。


2009年7月16日 トムラウシ山で9人と隣の美瑛岳で女性(64才)の10人が死亡した。死亡したなかの8人は旭岳からトムラウシ山に縦走をしていたアミューズトラベルのガイド3人とツアーに参加した15人であり、半数近くが死亡したことになる。一行は14日に旭岳より入り12kmを歩いて白雲岳避難小屋に到着。15日は18km(9時間)を歩いて14:00にヒサゴ沼避難小屋に到着。小屋に到着した時はずぶぬれ状態だった。16日3:30起床。風雨が強く出発が30分遅れる。5:30出発。10:30頃に女性1人が動けなくなり、人で囲み風よけを作る。1時間半待機し、遭難を認識する。ガイド1人が付き添い、他のメンバーは出発するが、ほどなくして動けなくなる人が出た為、ガイド1人と客4人がテントを張ってビバークする。そのうち客3人(女性)は死亡する。救助されたのはガイド1人(32才男性)と客の男女各1名。最初に残った2人(ガイド1人、客1人)は2人とも死亡する。その後、ガイド1人と客10人は下山を開始するが、通報を急ぐガイドに遅ればらばらになる。ガイド(38才男性)は途中で動けなくなるが後に救助された。下山した中の客5人はトムラウシ山近辺で死亡(男性1人、女性3人)した。2人(64才男性、64才女性)が23:45に下山した。その後、3人(61才、65才男性と69才女性)が翌日の深夜と早朝に下山した。参加したのはガイドを含め男8人、女10人でそのうち死亡したのは男2人、女6人である。死亡した男性はガイドのみという事を除くと、死亡したのは女性のみという事になる。当日の天気は雨で気温は推定8度、風速20〜25m/sとされる。頂上付近では強風で前に進めなかったとか、女性が岩に張り付いていて動けなかったとの証言がある。死亡の原因は強風による低体温症である。体感温度は風速1m/s当たり1℃の低下とされる。従って当日の体感温度は−15℃くらいになる。気温8℃であれば死ぬことは滅多に無いだろうが、マイナス15℃ではひとたまりも無い。7月の登山という事とガイド付きのツアーという事で安心して参加していたものと思われるが、以前に北海道での登山の経験から多少の防寒着は用意していた人もいるようだが、そこまでの装備はなかったようである。中には防寒着を持ってなかった人もいるようである。強風の中での登山の強行が死を招いたと思われる。普通、この時期にトムラウシ登山をしようという人は−15℃に耐えられる装備はしてないだろう。それならば悪天候の中、登山を強行すべきではなかった。
 北海道には食事を提供する山小屋はほとんどない為、縦走での自分の食事は自分で運んでいたと思われる。その為、防寒着などを入れると重量がかさむ為、持って行かない選択をする人もいるだろう。
 私がこの縦走での死を知った時に、彼らはテントを持ってないのかと思った。しかし、テントを設営していた。それならば何故、死んだのか。非常に疑問だ。彼らはコンロを持っていたはずで、死ぬほどの寒さならばテントの中で暖を取れたのに。テントの中では火気の使用には十分に注意する必要がある。テント泊のほぼ100%の人がテントの中でコンロを使用し、炊事をしている。実際、それで事故が起こる事はほとんど無い。死ぬと思えばテントの中で暖を取れたのに何故そうしなかったのか。テントの中でコンロに火をつけるといくら火を小さくしても3分とは火をつけてられなくなるくらいに暑くなる。すぐに暖を取れたはずだ。夏用のシュラフでは15℃以下では寒くて寝られないだろう。夜の気温は0℃くらいになるかもしれない。しかし、シュラフがあれば死ぬまでには至らないだろう。テントは風を防いでくれる。またテントは1張りのみで全員が入れなかったのだろう。テントの外で救助された人がいるのにテントの中で死亡してしまった原因としては、それまでに極端に体力を消耗していた為とテントの中で早急に暖を取れなかった為ではないだろうか。
 寝る時にコンロに火をつけたままテントの中で寝てはいけない。これはテントの中で中毒事故で多くの人が死亡している。状況は詳しくは知らないが、寝ている内に火を消してしまったか、燃料が少なくなって自然に火が消えて、残りの燃料で中毒になったものと思われる。テントの中で炊事する時にはテントの一部を開放する場合が多いようだが、私の場合、テントの内張りが多少の通気性があるせいなのか、炊事程度ではテントを締め切っても問題がないようである。(テントに火がつくと、吊るした新聞紙に下から火をつけたように勢い良く燃える。十分な注意が必要である)
 風対策には合羽を着るのが有効である。最近の機能性の高い防寒着には水を通さず湿気を逃がし、軽くて暖かいなどというものがあるが、私はそんなものは無いと思う。薄いものはやっぱり暖かくないし、湿気を逃がすという事は多少の穴があるという事であり、風雨に長時間さらされれば雨水が浸透してくるものと思われる。但し、多少の雨は自分の体温で蒸発してくれるので風雨が弱ければ問題無いだろう。合羽は¥100ショップで買ったようなものでも確実に雨風を通さない。但し、それなりに弱いので強風の中では破れやすい。強風の時に真っ先に攻撃を受けるのが耳である。耳は冷たくなり感覚がなくなる。合羽には頭に被る風防がある。体裁を気にせずに被るのが賢明である。また風防には紐で締められるようになるものを選ぶべきで、紐で風防をくくると風が耳に当たらなくなり、風による寒さを防げる。冬場などの寒い時は毛糸の帽子を耳まで下げるのがよい。その上に風防を被ればかなり万全である。次に問題なのが手。夏場は本州の山は寒くても15℃くらいの為、通常は素手でもさほど問題はない。雨に濡れても軍手などをしたまま登山を続行できる。冬場はそれなりの手袋をするので問題ない。トムラウシの場合は気温が10℃前後となると素手や軍手では難しいだろう。簡単なのは合羽の袖の中に手を入れてしまう事である。但し、手を使わないと登れないような場所では無理である。使い捨ての手袋を軍手の上からするという案も考えたが実際にそのような場面を想定する登山はした事がないので実行はしてない。強風では動かないのがベストなのだろう。寒い雨の中では靴の選択も重要である。普通の靴は雨水が靴の中に浸入し、寒ければなおさらつらくなる。ゴアテックスという内張りのある靴はかなり有効に雨水の浸入を防ぎ快適である。但し、1日中とかの長期では進入してくる可能性がある。
 夏用の簡易シュラフでは個人差はあるだろうが、15℃以下程度では寒くて寝る事ができない。冬用の本格的なシュラフで適用温度が−20℃とか−40℃とかある1.5kg程度のシュラフでも10〜15℃以下では快適に寝るのは難しいようである。夏用の簡易シュラフは北海道では不適である。シュラフは1度、試してから使用するべきである。
 テレビでは18人に対して4人用のテント1張りしか無かったと非難があったが、避難小屋泊まりでの縦走では、通常、そこまでの装備はしないだろう。それだけに登山を決行するかどうかの判断は余計に重要になる。最初に動けなくなった人が出た時に、そこに1時間半の待機をしたのは無駄に体力を消耗しただけのように思う。バラバラに行動したのは良くないという意見もあるが、集団で行動していたらもっと死者が増えた可能性がある。他の人を助けられるだけの装備が無ければ集団で行動する意味が無い。1つ、助けられる手段があるとすれば合羽などを着られるだけ着て体温の低下を防ぐように指示する事と、時々、コンロで暖かい飲み物を作るか、水筒を暖めてカイロにするくらいだろう。但し、すさまじい強風の中では火が使えないかもしれない。
 また予備日が無いと言う意見もあった。しかし、99%使われない予備日を日程に入れていたら、ツアーなんて成り立たないだろう。予備日が必要になったら入れるしかないのだ。
 私自身、北海道のいくつかの山では強風を経験しているが、雨と強風という事は無かった。改めて強風の恐ろしさを知った。
 もし、私が同じコースを計画していたらどんなだろうか。例え小屋泊まりであっても自分用のテントは持っていっただろうし、気温0℃の中でテントを張って一夜を過ごせるくらいの装備はするだろう。それは利尻岳のキャンプで寒い思いをしたからである。歩きたくなくなったら気楽にテントを張って、寝て、やり過ごす為である。まあ、実際には雨と曇りの天気が交互にめまぐるしく変わる今年の天気のこの時期に縦走なんてしないだろう。明日、明後日の天気は予想できない。雨の中の登山なんてつらいだけで何の面白みも無い。拷問のようなものだ。
 今回の遭難で結果的にはガイドは重大な判断ミスをした。また参加者の中には防寒着を持たないという間違いをした人がいたかもしれない。どうすれば今後、防げるのだろうか。学校などの行事で登山をする時に迷った事がある。防寒着を用意するように書いてあるのだが、どの程度の寒さなのか想像できない。結局、推測でそれなりのものを持っていく事になる。これは見過ごされがちが重大な事だ。登山の経験が無いから防寒着といっても適したものを選択できない。もし天候が悪ければ今回と同じ結果になってしまう。装備品リストには想定環境を記載するべきだろう。例えば気温10〜27℃、風速10m/s以下というように書いておくのだ。そうすれば小学生の子供には判断ができなくても親にはどのくらの寒さか想像できる。そうすれば登山の経験が無くても、適切な防寒着を選択できるだろう。また必要な時にはリーダーは各自の装備品を現地でチェックするべきかもしれない。それは概ね気温が15℃を下回るような時になるだろう。そして実際の登山では1時間ごとに気温と風速を計る記録係がいてリーダーに逐一、報告するのである。風速は簡単には計れないので、およその数字でいいだろう。そしてそれらの数字が想定環境を外れた時にはリーダーは登山を中止するなどの判断をする事になる。今回の遭難でもガイドは風速が強ければ体感温度が低くなるという事を知っていたはずだ。しかし、遭難を防げなかった。その原因には客観的な判断力に欠けていたのではないだろうか。もしそこで温度計を持っていたら気温が想定環境の下限に近い事を認識できただろうし、風速が強ければ想定環境外を理由に登山を中止できたのではないだろうか。しかしガイドは経験に頼った。今までも寒い時があったが大丈夫だった。今回も大丈夫だろうという事になったのではないだろうか。同じ気温でも体調によって感じ方は異なる。リーダーの体調がよければ寒く感じずに、これなら大丈夫と思ってしまうかもしれない。温度計で温度を測って客観的、科学的な判断をすべきである。どちらかというと山では寒さでの事故が多いが熱中症にも気をつける必要があるだろう。気温を測るのは熱中症も防止できるはずである。
 色々と書いてはみたが、何故、これだけの人が低体温症になったのかの本当の原因は今ひとつわからない。雨と強風が重なったとはいえ、気温8℃くらいで動けなくなるのだろうか。気温が0℃くらいでもシャツ1枚、上着1枚で登れば汗をかく。私の近い経験では甲斐駒ケ岳で推定気温は10℃前後、風速10m/sというのがある。その時、雨には降られなかったが、下山途中では雨になった。気温10℃くらいで雨は寒かったが、合羽を着ていれば体の芯から冷えて、動けなくなるほどまでには至らなかったように思う。1度、体を冷やしてしまうと寒い中で暖めるのは難しい。1時間半の待機が引き金になったのだろうか、それとも、ほとんど防寒着をもたなかったからなのだろうか。ぜひとも本当の理由を知りたいところだ。
 もし、気温10℃、風速20m/sの雨の中で数時間いたらどうなるのかという実験ができたら体験して確かめてみたい気がする。

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