雌阿寒岳1499m

’98年(平成10年)10月から2000年(平成12年)6月20日まで火山活動の影響で「入山規制」がありました。しかし、その後、火山活動が沈静化の方向にあり規制が「解除」されました。
2001年7月現在は登山可能です。
残雪も2001年6月20日現在、皆無との事です。(情報提供 阿寒町役場観光課)
2006年3月21日午前10時50分 雌阿寒岳で小規模な爆発がありました。噴火地点は山頂の北西側斜面(標高約1300m)と見られます。

旭岳を登り終えて、いささか疲れが出てきたので、今日は休みにしようと思いながらも、雌阿寒岳の方へと足は向いてしまう。今日は登らないつもりなので、途中のコンビニへ寄って朝飯のみ仕入れる。国道241から雌阿寒温泉の脇道へ入りしばらく行くと、何やら登山口の文字が目に入る。ここか、とさらにもう1度見ると何か登山禁止の看板が。あれ?そういえばガイドブックにもそんな事が書いてあったページがあったような。でもそばでは中年の夫婦らしき人が山登りの準備をしているようだ。急いで車から降りて聞いてみる。登山禁止なんですか?そうらしい。でも聞いた話によるとかなりの人が毎日、登っているらしい。ちょっと悩んだ。どうしたものか。あの人の後を行けばそこそこの危険は避けられるかもしれない。前を行っている人がいれば安心だ。前の人が倒れたら危険って事だし。まあ、火山が大爆発したら、前も後ろもたいして変わりはないが。考えながらも登山の準備をする。ガイドブックを見ると99年11月9日に小規模な水蒸気爆発があったとある。規模がどれくらいかわからない。そうこうしているうちに、今度は子ども2人の家族ずれがやってきた。こりゃ行くしかないな。という訳ですぐさま決行となった。

’99年7月23日 晴れ

8:08 登山口出発。すぐに急な登りになる。

8:40 三号目。10分休み。グレープフルーツをかじる。家族ずれは五号目あたりで引き返した。もともと頂上まで行くつもりは無かったようだ。どおりで軽装のはずだ。懸命かもしれない。でも他にも何人か登っているようだ。

9:50 七号目。まだ何も食べて無かったので朝食。(買ってこなかったのでパンときゅうり、ありあわせのソーセージのみ)27分休み。

11:05 頂上着。頂上には結局、誰もいない。でもすぐに後から別の中年夫婦がやってきた。眺めはすこぶるいい。九州の阿蘇山ほどスケールは大きくは無いがミニ火山の色合いは奇麗だ。北の阿寒湖も良く見える。中年の夫婦は利尻を登ってきてこれからトムラウシに行くらしい。トムラウシにテントを持って登るようなので、あそこは日帰り出来ますよ、と言うと話に乗ってきて、色々と情報交換をした。京都からきたらしく京都弁で話すので人当たりが良く、漫才を聞いているようで面白い。(写真は頂上付近からみた阿寒富士)

12:00下山開始。

13:04 三号目。

13:31 登山口着。今日はずっと天気が良かったが下に来たら曇りになっていた。

車に戻ると外国人の白人男性が何やらにこやかに手で何か仕種をしながら笑いかけてくる。七号目で休憩中に一人で登って行ってすれちがった男性だ。ワンボックスで一人で移動しながら登っているのだろう。私があしたはどこへ?と聞くと羅臼へと比較的きれいな日本語で答えた。きっと日本にかなり長く滞在しているのだろう。私は明日は斜里へ行くつもりだよ、明日は天気予報によると雨らしいから、もし雨だったらその間に利尻へ行くつもりだ、と言ったら分かったのか分からないのかわからないが笑顔で答えてくれた。

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